まこごころ

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精神科閉鎖病棟入院体験記①

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えー、蒔心はこれまでに4度精神科閉鎖病棟のお世話になっております。

そのうちで3つの病院を渡り歩いてきました(笑)

一口に精神科閉鎖病棟と言っても病院によって結構な違いがあります。

それを今回は書いてみようかな、と。

 

まず体験記①と称して、16〜18歳の間に3ヶ月を二度、お世話になったU病院について。

精神科専門の子ども病院でございます。

因みに今は大規模な様々な科が連なる小児医療センターの中に統合吸収されてしまったのでU病院はなくなりました。

 

わたしはそこの思春期女子病棟に入院していました。

当時状態が非常に悪く、自宅療養に限界が来て、主治医に入院を進められた為です。

大体中学生から高校生くらいの女の子だけが集まった病棟です。

 

この病棟生活をわたしはよく「軍隊のようだ」と形容しています。

とにかく規則が多く、日課も入浴もみんな一斉に行う団体行動がメインで、かつ、病室は廊下から丸見えの透明の壁でベッドを仕切るカーテンもなく、廊下から丸見えのその病室にはただベッドが並んでいます

プライバシーもヘッタクレもありません。

 

閉鎖病棟なので当然病棟の入り口にはがかけられているのですが、それが二重の扉になっていて、最初の鍵の扉をくぐったあと、入念にボディチェックをされて、それから次の扉を開けてもらうしくみです。

 

症状によっては院内散歩院外散歩同伴外出単独外出、といった許可がおりて、時折病棟の外へ出ることが出来るのですが、それらから帰宅した時は毎度扉と扉の間での厳しいチェックが行われました。

 

また、単独、もしくは親との外出の許可がおりていない子も週に2度ほど、看護師同伴の院内散歩というのに参加できました。

ただ病院の周りをぐるりとまわり、売店の自販機でジュースかアイスを買って飲んで食べて帰ってくる、それだけのものでしたが。

しかしわたしも入院してしばらくは外出禁止だったので、この唯一の息抜きは大層楽しみなものでした。

 

病棟内はお菓子や飲料の持ち込みは一切禁止で、唯一自由に飲めるのはホールに置かれた麦茶のみだったので、アイスやジュースを買って良いというのも嬉しいポイントでした。

 

因みに外出出来る子はブラジャーの中にお菓子を隠してボディチェックをすり抜けて帰ってくる強者もいました(笑)

しかしのちに「ブラジャーの中に隠す」というのが流行し、なんと剃刀を入れて帰ってきた子がおり、しかも看護師さんにバレる、という事態に発展して、その後は下着の中もボディチェックの対象となりました。

 

携帯電話も勿論一切禁止。

病状によって制限がかかったりもしますが、制限のない子はナースステーションでテレカを受け取って病棟内の公衆電話で電話をかけるか、もしくは手紙を書くか、それが唯一の外界との接触手段でした。

 

ちなみにわたしは何故か公衆電話1日1回10分までという制限付き患者だったので、1日1回自宅に電話をかけるのをかなり楽しみにしていた記憶があります。

 

日課1日2回午前と午後

もっともな理由を申告して許可が出ない限り強制参加です。

グループセッションや簡単な調理や書道なんかもありました。

まあ、良い暇つぶしにはなりましたね。

 

お風呂は週3回だったかな?

グループごとに順番に一斉に入浴します。

浴室内にも看護師が待機して、具合の悪い子がいないかとか、なんかやらかす子がいないかとか、見張ってました。

 

さて入浴時はみんな10代の乙女ですから、ムダ毛の処理をしたいのです。

このときだけは剃刀の使用が許可されておりました。

浴室内待機の看護師がみんなの剃刀を持っていて、使う瞬間だけ受け取って、看護師に監視されながら、ショリショリムダ毛を剃る、という何とも言えないシステムのもとで、でしたが。

 

週に1度は荷物チェックというのがあります。

危険なもの、ルール違反のものを持ち込んでいないか、それぞれの患者のベッドやロッカーを、ベッドマットの下からシーツの中まで徹底的にチェックされます。

この時も隠したいものを隠すのに役立ったのはブラジャーの中でした(笑)

流石に荷物チェックの時は下着の中までは見られませんでしたので。

 

10代女子がプライバシーの全くない閉鎖された環境に閉じ込められれば、自然と友人が出来ます。

患者同士の連絡先交換は禁止なので、こっそり交換したメアドのメモなんかを、ブラジャーの中に隠すわけです(笑)

 

とはいえ、人間関係は楽しいことばかりじゃありません。

10代女子の集団、プライバシーのない集団、閉鎖された集団、しかもみんななにかしらココロに問題を抱えた子たちです。

グループ、派閥、隠れていじめ、結構色々ありました。

それらにゲンナリして退院したくなったりもしたものです。

食事は食堂で自由席なのですが、いつの間にかそれぞれの指定席が出来ていたりします。

そしてグループに属していない子が同じテーブルに座ることへ拒絶という無言の圧力があったりします。

食事時になるたび具合が悪いのでひとりで食べたいです、と面談室を開けてもらってひとりで食事をしていた時期もありました。

 

 

それから、それだけ管理された空間でも、例えばベッドサイドの置き時計を破壊してその破片で手首をサクリと切るような子もいます。

そうすると、伝染するのです

しばらくするとまた別の子が、さらにまた別の子が、と自傷行為に走ったりします。

さらにソレを目撃した別の子が不安に襲われて発作を起こし、過呼吸になったり、目の焦点が合わなくなって固まってしまったり。

 

因みにわたしも此処での入院生活で手首を切る、という行為を覚えてしまいました。

こんな発散方法があったのか!と、リストカットというものを知ってしまったのです。

 

 

 

 

そんな入院生活でしたが、わたしの場合自宅から避難する、という意味ではとても効果のあったものだと思います。

基本的にホールの畳コーナーの机でノートにあれこれ日記やら考え事やら詩?ポエム?やらを書き綴ってのんびりゆったり過ごしておりました。

 

3ヶ月ほど入院して退院してみたら、自宅に居るのが不安で不安で、父には見放されたような絶望感も感じて、どーにもこーにも立ち行かなくなって、それから何ヶ月後だったかな?「家にいたくないっ!」とU病院に舞い戻ってきたくらいですから。

 

しかし始めての精神科入院が別の病院だったら、U病院には居られなかったと思います。

それくらい、(おそらく)特殊な環境だったのです。

それはのちに入院する別の病院で知り得ることとなりました。

 

ではでは次回は次に入院したA病院について話そうと思います。

 

 

続き

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